手や足のシビレとは…

先日、大阪の帰りの電車で仕事の話をたくさんしました。
友人も同じ柔道整復師という仕事を営んでおり、一緒に勉学や遊びにいそしんだ仲です。

その話の中で友人が、手・指先のシビレを訴えていた患者さんに、頚の治療(多分、普通のマッサージ)を行ったところ、シビレが消失した。という話がありました。その友人は不思議だと言っていました。

私たちが学生だった頃、手・指先のシビレは頚椎のヘルニアが疑われると、習いました。そして、我々では手の施しようもない疾患である、と。もちろん腰椎ヘルニアによる下肢痛、シビレもその中に含まれます。手術やブロック注射等が第一選択になっていました。

サラリーマンに例えると、入社していきなり「君はお茶汲みと、コピーだけとってくれればいいよ」と言われたみたいな感じです。

(今、ふと思いましたが、何で頚椎・腰痛があって胸椎のヘルニアはないんだろう?)

学生時代そのように教えられましたが、その後インターン先の接骨院で、「私ヘルニアです」という人はたくさいましたし、実際治療を行っていました。

違和感を感じずにはいられませんでした。

「何の為に治療しているのだろう?」「ヘルニアが神経を圧迫してるのにマッサージでなんか良くなるわけないのに…」

しかし、患者さんたちの症状は常に一定ということはなく、むしろ良くなったり悪くなったりを繰り返します。
なぜ?そんなに簡単にヘルニアって出たり入ったりするものなのかなぁ~?と腑に落ちないこと落ちないこと…。売れない落語家くらい落ちません。

輪をかけたのが、手術をしたのに良くならない人がたくさんいるのを知った時です。
今、現在私の接骨院にもそういう方は思い浮かぶだけで5人はいます。

これは結構な数字だと思いませんか?

そんなこんなで、こんな疑問を自分自身に投げかけてみました。

私は患者さんから「私、ヘルニア持ちなんです」「指先(下肢)がしびれます」と言われたら、そこで終わりなのか?何もできないのか?」

ただ、私自身あきらめが悪いだけなのかも知れませんが、それから色々勉強しました。
それで、ヘルニアはどうしようもないという結論がでれば、今思えば楽だったかもしれません。

しかし、そうではありませんでした。
調べれば調べるほどにヘルニアと痛みやシビレを繋ぐ線は細くなりました。

「あいつ、頭がおかしくなったんじゃないの?」と昔の友人からは言われそうですが、でもこれが私の選んだ道です。

こないだ、結婚式で友人に会ったとき、友人たちも「介護」や「加圧トレーニング」など広い視野をを持って今までと違う部分に目を向け始めたのと同じように、私も違う部分に興味を持ち始めたのだと、認識して下さい。


長田君、君の疑問はとても大切な疑問です。
こないだはあんまり、その辺の話ができませんでしたので、また今度ゆっくりお話しましょう!

症例~圧迫骨折と腰痛~その3

症例~圧迫骨折と腰痛~その3

 
Sさんの症例。
Sさんは週に一回、電車に乗って来院されます。それだけでとてもいい気分転換になるそうです。

慢性的に痛みを感じている方は、気分転換がヘタだったり、趣味の時間があったとしてもいつも痛みのことが頭から離れない傾向にあります。

「同じ姿勢で長時間いるのは腰に悪いからしない」とか「散歩も腰に悪いからしない」など、挙げればきりがありませんが、腰痛に対する呪いというか暗示は多岐に存在します。

聞けばSさんも趣味の編み物やミシンも腰を気にして短時間しかできない状態にありました。
それでも、何か趣味があることはとても大切なことです。

腰の為に歩いている、という人がよくいらっしゃいますが、私はあまりおすすめできません。
適度に歩くということ自体は大変、良い運動になるとは思いますが『腰』のためとか腰痛を改善するために歩いている、という時点ですでに腰痛の悪しき慣習に縛られてしまっているわけです。

せっかく、歩くのでしたら自由な気分で移ろいゆく景色を味わいながら行ってもらいたいものです。
「腰の為」「腰痛の為に一日一万歩!!」と眉間にシワを寄せて鬼の形相で歩いていても恐くて道行く人も避けていってしまいます。

Sさんもよく散歩をするそうですが、いつも腰のことを考えながら散歩したりサイクリングをしたりしていたそうです。

でも、いきなり「歩いても腰に負担はかかりませんよ」とアドバイスしたとしても中々聞き入れてもらえないとは思いますので、Sさんの場合でしたら『腰椎の圧迫骨折』と診断されているわけですから、画像診断と痛みの関係についてお話したりしながら徐々に恐怖心を取り除いてく必要があります。

こんな感じで患者さん自身が訴える動作・行動を精査しひとつづつにアドバイスしていくのですが、大体ひとつかふたつ安心してできるようになれば、そこからはドミノ倒し式です。

このようにいつ壊れるかもしれない腰のことを考えながら動作をするのは、いつ割れるかわからない薄氷の上を歩いていく様に似ています。

そこに遠くから声が聞こえます。

「おぉ~い!ここの氷は小錦が歩いても割れないぞ~。大丈夫、大丈夫」

これが私の声になります。

イチローの胃潰瘍

私の痛み

 

イチローの胃潰瘍
心療整形外科

腰痛だけに関わらず、その他の部位(頚・肩・膝etc)においてもこういうストレス前後の痛みというのは臨床においてよくみられます。
痛みだけでなく、イチロー選手のように胃潰瘍や風邪をひいたり鼻水が出たりする形をとる場合もあると思います。

しかし、患者さんの中には何か外因的な原因がないと、どうしても納得しない方もいらっしゃいます。
例えば「重い(軽い)ものを持った」「激しい(軽い)運動をした」「20年前の事故のせい」などなど。

それもあるとは思うのですが、それだけでもないわけで…。

「何もしてないけど痛くなった」という方にも「ストレスではないですか?」というのは、なかなか言いづらいのが現状です。

他力本願ではいけないのですが、もう少しこの「生物・心理・社会的医学モデル」が世の中に浸透すると色々こちらとしてもやりやすいし、患者さんにもプラスになることが多いような気がします。

グチみたいになりました…。

腰痛はどこにカテゴライズされる?

カテゴライズしたくなる。

 
私が住んでいる南魚沼市は暖冬で小雪(例年より雪が少ない)でした。
このブログでも何回も紹介しました。

それで「うん、確かに地球は温暖化してる!」というのは早合点ですよね。
もちろん他の地域にも目を向けなければ本当に地球が温暖化しているかどうかはわからないわけです。

南魚沼市を軸に考えれば、新潟県~信越地方~本州~日本~アジア~北半球~地球全体の順番に目を向けてその各地域が温暖化していれば「これは地球温暖化だ!大変だ!」と胸を張って言えます。

要するに自分の住んでいるところが何となく暖かいから、「地球は温暖化している!」と考えるのは、浅知恵だ!というのはみなさんもおわかりだと思います。

本題はここからです。

応用問題が解けない?
http://junk2004.exblog.jp/10430079/
心療整形外科

「トリガーポイントブロックは腰にはできるけど脚にはできない。」

これは応用問題が解けないのです。

そもそも腰とか脚とかというのは臓器ではなくて「領域」の呼称なんですね。

腰と背中の境目、背中と肩の境目、肩と腕の境目、肩や背中と頚の境目、尻と腰の境目、尻と脚の境目、大腿と膝の境目・・・・・これらは漠然としていて、地域によって、民族によって言い方が異なることでしょう。

腰痛、腰痛といいますが、腰ってどこのことを言っているのでしょうか?
肩こり、肩こりといいますが、肩ってどこのことをみんな言っているのでしょうか?

人間はカテゴライズされることで安心したり、逆に嫌な思いをしたりします。不思議ですね。

最初の話に戻します。
「腰痛」というのは「南魚沼市」と同じことなのです。

繰り返しますが、南魚沼市が小雪だから地球は温暖化している。
と言っているのと、腰痛だから腰が悪い。と言っているのは同じことなのです。

ややこしいですね…(笑)。

転倒して腰を打った、骨が折れた。ガン細胞が骨に転移した。これらは間違いなく腰が悪いです。
それはその部分を治療すればいいわけです。打撲なら打撲に、骨折なら骨折にカテゴライズして治療。
ガンの骨転移ならガンにカテゴライズしてその治療を受ける。

しかし、筋肉が関係する慢性の腰痛等は「腰」にカテゴライズされません。
もちろん肩こり、膝痛、肘痛、五十肩etcも同じです。

でも人間はおもしろいもので、長期間原因のはっきりしない痛みに襲われ不安になっていると病院で「ヘルニア」「脊柱管狭窄症」などとカテゴライズされると「えっ!」と思うのと同時に「ホッ」とするそうです。

今度はその一瞬の「ホッ」に死ぬまで悩まされる…。

従来の治療法は一言で言うと「木を見て森を見ず」ならぬ「腰を見て人を見ず」ということを言いたくてダラダラと回りくどく書きました。

「肩を見て人を見ず」「膝を見て人を見ず」「首を見て人を見ず」同じことです。

そう考えると、経絡や経穴を使った遠隔治療というのは優れた療法だなと改めて考えさせられました。

奥が深いなぁ~。

死に値する痛み

死に値する痛み

 
先日、診た患者さん。

一年ほど前にも一度治療をした20歳代の女性。
慢性的な頭痛、肩コリ、腰痛に悩まされ、鎮痛剤を常時服用している。

高校生の頃から、頭痛を感じてはいたが今の職場に転職してから症状がひどくなる。
その他、アレルギー性鼻炎などの症状がある。

問診してみると、昨年よりちょっと悪くなっている感じがする。
30分ほど問診と痛みのカラクリ説明などに費やす。

この方はこちらにお住まいの方ではないので、続けて治療することができません。
一回の治療で、色々説明するのは時間が足りないなと感じる。

いざ、触診&治療。
いつも痛みを感じていると言っていた後頭部、右の腰の筋に触れると過剰に嫌がる。

少し時間を置いて再度チャレンジするも、軽く圧迫するだけで飛び上がる様。
こういう時は無理しないようにしています。

この方は「痛み」という感覚に過敏になっている印象を強く受けました。
その旨を最後に説明して治療を終えました。

あんまり触れないという場合は多々あると思われます。
その場合はやはり、何回か繰り返し治療する必要があると思われます。

携帯電話の電波が3本立ってる様に、自分の身体を守るために痛みを感知するアンテナがビンビンな状態とでもいいましょか。
一年前に治療したときは、そんな印象を受けませんでした。すんなり治療に応じてくれたような気がします。

以前からこの方とは定期的に連絡を取っていますので、日常的に強いストレスにさらさていることはわかっています。その辺りが影響しているようです。

今回、勉強になったことは「問診も重要だけど、同じくらい触診も重要」だなと感じました。
言葉は意識的・無意識的に出たり、出なかったりしますが、押されて痛いとか痛くて飛び上がるとか言葉より表現豊かな、体から発せられる言葉みたいな感じがしました。

心の声と体から発せられる声の両方に耳を傾けねばなりません。

慢性痛に悩む人は「こんな強い痛みが続くと、そのうち死んでしまうのではないか?」と考えるそうです。「腰痛放浪記 椅子がこわい」でおなじみ夏樹静子さんもその著書にそう記しています。

この方もそうポツリと仰っていました。

先日も書きましたが、それはまるで真っ暗で何も見えない道をたった独りであてもなく歩いているようなものです。