言葉の力

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言葉の力

 
(2009/2/24の記事)

私は近視なので彼これ、10数年コンタクトレンズをしています。
まだ東京で働いているときにこんなことがありました。

その日、何日か目のかゆみ・かすみ等が続いたので、コンタクトを処方してもらっている眼科に行き診察してもらいました。

私としては目薬でもだしてもらおーかと軽い気持ちで行ったのですが、なんとお医者さんから「目の奥に緑内障っぽいところがある」と何とも中途半端な診断?を受けました。

まさかの緑内障。イメージはおじいちゃんですよね。
現時点では問題ないとは言われましたが、あまりに突飛だったので不安にも思いませんでした。

今、現在も目に問題はないし、コンタクト作るときに別の眼科医の診察を受けますがそんなことを言われたことはないです。
でも、やはり目の調子が悪くなったりすると思い出すモンです。

と、前置きが長くなりましたが本題に入ります。

以前に「プラセボ効果」についての記事を書きました。お時間があれば復習下さい。
そのうち詳しく書きますといっておきながら、今日に至ってしまいました…。

私が緑内障なのかどうかは別として、このような診断を受け不安になったり落ち込んだりすることをプラセボ効果の反対の意味として『ノーシーボ効果』と呼びます。

プラシーボ(プラセボ)効果にはマイナスの側面もある。健康の回復や治療などを促進するプラスの働きを、これまで通りそのままプラシーボ効果と呼ぶことにしよう。そしてプラシーボが命を縮めたり、健康の回復を遅らせたり、副作用を起こしたりするなどマイナスに働く場合を、マイナスのプラシーボ効果と呼ぶことにする。このマイナスのプラシーボ効果をW,Pケネディは『ノーシーボ効果』と名付けた。

お医者さんでなくてもこのノーシーボ効果を使えます。例えば…

「(腰痛持ちの友人に対して)私の知っている人で、腰が痛くてそのまま寝たきりになった人がいるのよ」とか

「(咳き込んでいる家族に)あんた、肺ガンなんじゃない?」とか

みなさんにも覚えがあると思いますが、言ってるほうは何の悪気もなく軽い気持ちで言ったとしても、その時言われたほうがどのように受け取るかは状況によって違うと思います。
これだって立派な『ノーシーボ効果』と言えるでしょう。

「プラセボ効果」も「ノーシーボ効果」も友人や家族が使うよりお医者さんが使えば、その効果絶大であることは想像に難くないでしょう。

もうひとつのマイナスのプラシーボ効果とは、例えば手術前に自分は手術室から生きて戻れないのではないかという悲観的な予想が、その通りに実現してしまう場合のように、悲観的な見通しや失望が否定的結果を招くことだ。

(以上、青時の部分の引用 広瀬弘忠 「心の潜在力 プラシーボ効果」朝日選書 2001 67・68ページ)

このような「プラセボ効果」や「ノーシーボ効果」の存在を意識して診療にあたっているお医者さんはどれくらいいるのだろうか?疑問に思います。

ドクターズルール 10

1.死期を早めてはならない。不必要に死期を延ばしてはいけない。患者は死に至るまでの過程を大切にして欲しいと願っているのではないか。安らかに死ぬのも医療のうち。

2.臨床的証拠がないからといって、病気が存在しないという証拠にならない。患者の訴えは正しいものである。医学的にあり得ないと考えずに、訴えに耳を傾けること。患者は全身で24時間、疾病と対決している。

3.あなたが診ようが診まいが、殆どの外来患者の病気は治癒するものである。病人が治るのを邪魔しないのが良い医師である。

4.態度、言葉は医師の有するもっとも重要な手段である。その重要性を認識して賢明な使い方ができるようになりなさい。医師は役者でなければならない。相手、場合によっては態度、言葉を変更する必要がある。

5.ほかのことをしながら患者の話を聴いてはならない。患者が話している最中に病室から出てはならない。患者は常に自分のことに百パーセント関心を持ってほしいと願っている。患者は病気の治療に来るとともに安心を求めに来る。病院は安心を売る商売である。

6.患者を好きになる必要はないが、好きになれば役に立つことが多い。親切にすることが最大の医療の補助になる。

7.痛みはいかなるときも速やかに止めること。医療では完璧よりも急を尊ぶ場合が多い。

8.あなたが病院で医師として仕事ができるのは、多くの縁の下の力持ちの人たちがいることを忘れてはならない。夜間のナースからのコールは、医師の助けを求めていることを意味する。早く助けてあげること。

9.投与薬はできるだけ少数に絞ること。量が増えれば、副作用の起こる可能性は指数関数的に高くなる。老人のほとんどは服用している薬を中止すれと体調が良くなる。

10.すべての検査結果について、必ず患者名をチェックする習慣を身につけなさい。検査結果が違う患者のカルテに入っていることがしばしばある。「その患者のものであることを確かめること」

ドクターズ ルール 10 山田 浩 (石川医報 2003.1.1)より抜粋 
http://www.tvk.ne.jp/~junkamo/new_page_151.htm

私は医者ではありませんが、胸に沁みる言葉です。

少し話がそれましたが、この薬にも毒にもなるプラセボ効果…。
肝に銘じて日々の施術にあたるべし!と自戒する毎日です。

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認知行動療法における治療者の役割

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認知行動療法における治療者の役割

 

―認知行動療法における治療者の役割―
認知行動療法における最終目標は,クライエントの情緒や行動に対するセルフコントロール能力を向上させることである.したがって,治療における主体者はクライエントであり,治療者は協力者,あるいは援助者という役割を担う.とはいえ,治療者のもつ影響力は決して小さくない.十分な治療効果を得るためには,クライエントと治療者が,問題を解決していくための「良き共同作業者」として信頼関係を築いていくことが不可欠である.ここでは,認知行動療法において治療者がどのような役割を担っているかを整理する.

※協力者としての治療者
認知行動療法では,面接の中で話し合われた合理的な考え方や獲得した対処スキルをクライエントが実生活の中で実行し,その結果として困難な状況がどのように改善したかを繰り返し経験していくことを重視している.治療者は,クライエントがこのような試みを段階的に,しかもスムーズに行っていくことができるように,援助し,示唆を与える役割を担う.このような治療関係は「協力的経験主義」という言葉で表現されている.この言葉は,「問題点を一緒に整理する」,「対処スキルの実行を促すし」,そして,「改善点,工夫点を話し合う」という協力的態度のあり方を表している.しかし,協力的態度とは,あくまでも問題を解決していくために最良のサポートをするということであり,過剰な援助や共感を意味しているのではない.過剰な援助がクライエントのセルフコントロールの獲得を妨害したり,いきすぎた共感がクライエントの依存心を強めたりすることもあるのだということを認識しなければならない.どのような協力者となるかは,あくまでも問題の解決に即して導き出されるものであり,クライエントが望む協力者となることではない.

※良きモデルとしての治療者
クライエントが,柔軟な考え方や望ましい行動を身につけていくためには,望ましいモデルを提示することが必要である.したがって,クライエントの考え方や習慣的な行動の変容を促すためには,治療者自身が,柔軟な考え方や振る舞いを行うことができる良きモデルとならなければならない.クライエントの状態を常に正確に理解するようにつとめ,直観や印象による判断を避ける.また,治療者の理解をクライエントに伝えるとともに,それに対するクライエントのフィードバックを求めることも大切である.また,認知の再体制化や対処スキルの獲得を行うときには,いろいろな考え方や対処のバリエーションを柔軟に提供することも必要である.さらには,コンプライアンスの低いクライエントに対して,「やる気がない」と決めつけていないか,不合理な認知を特定する際に「こう考えているにちがいない」と一方的に判断していないか,主症状を改善することだけに強迫的になっていないかなど,治療者自身が柔軟な態度であるかを常にセルフモニタリングしていなければならない.このような態度をクライエントにモデリングさせることが,クライエントの認知や行動の変容を促していくことにつながるのである.

※強化者としての治療者
認知行動療法において,クライエントの望ましい反応に対して賞賛を与え,強化していくことが重要であることは先に述べたとおりである.クライエントにとって治療者からの賞賛は大きな強化力をもつ.したがって,治療者は常に,どのような行動や考え方を,どういうタイミングで強化していくかを配慮する必要がある.治療が「誉めている」と感じていても,クライエントが必ずしも「誉められた」感じているかはわからないのである.つまり,治療者の態度や言葉かけ,共感や賞賛が,クライエントにどのように「機能しているか」をアセスメントしなければならない.
また,「治療者」という刺激がクライエントの反応に影響を及ぼしていることも認識しなければならない(神村,1997).面接における治療者の態度や振る舞い,あるいはクライエントが抱いている治療者へのイメージなどが,クライエントの反応にどのように機能しているのかを見定め,それを治療に活かしていくことも治療を効果的にすすめていくためには大切である

認知行動療法(1999年執筆) 鈴木伸一1,4) 熊野宏昭2,4) 坂野雄二3)

1早稲田大学人間科学研究科 2東北大学医学系研究科人間行動学分野 3早稲田大学人間科学部 4足立医療生活協同組合綾瀬駅前診療所

「良き共同作業者」という存在。

ときには星飛雄馬を電信柱の陰から見守る星明子のように…。
ときにはケンスケを鬼の金棒でしばく北斗晶のように…。

与えるでも、与えられるでもなく。
奪い、奪われるでもなく。

互いを尊重しあい尊敬しあう。
そんな素敵な時間を共有できたなら…。

双方向的コミュニケーション

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双方向的コミュニケーション

 
先日、敬身会で発表した内容をここで改めて考えてみたいと思います。

CBTコミュニケーションで目指すべきなのは高度で専門的な対話ではなく、いつも私たちが何気なくやっている気分のよい対話をすることだと考えられます。
それは「適度に聞いて対応する」ということになります。難しく聞こえますが要するに普段の対話で行われていることです。特別な専門的対話ではなく、友人同士の対話、親子の対話。職場での対話など日常的に何気なく行われているものです。
日常生活で行われる気分のいい対話をクライエントとの間で行うことをCBTコミュニケーションは目指します。

それでは“気分のよい対話”のコツとは…?

①率直である②テンポが適度である③双方が同程度話す
④わからないことは訊く⑤相手の発言を尊重する

①と②は当然のこととして③の「双方が同程度話す」というのがCBTの特徴で傾聴型のカウンセリングとは一線を画すところです。CBTではカウンセラーも結構しゃべります。
そして④ですが、わからないことは訊きます。しっかりと訊いたうえで⑤相手の発言を尊重します。

双方向的コミュニケーションとは聞く一方ではなく、また話す一方でもなく、お互いに話をしてく、活発に対話をしていく、ということなのであれば普段、無意識的にできるのですがカウンセリングに来る人は落ち込んでいたり、怒っていたり何らかの問題を抱えていたりする人が多いので、そういう人に対してカウンセラー側が意識的にそのような対話を構築していく、ということになります。

双方向的な対話のコツ

①親切であること②物わかりが良過ぎないこと

の2点が挙げられます。これも①は当たり前のことです。
②は特に日本で臨床心理学の訓練を受けてきた人たちは気を付ける必要があることだと思われます。共感は大切ですがカウンセラー側の推測で理解したつもりになって共感するのではなく、あくまでもクライアントが話してくれたことに基づいて、つまりクライアントが提供してくれたデータに基づいて理解を進めていく必要があります。
そのためにはクライアントに具体的なデータを出してもらうしかない、すなわち極力具体的に話をしてもらうしかないのです。
具体的なデータを持っているのはクライアントだけです、カウンセラー側は最初は何も知りません。ですからクライアントに教えてもらう必要があるのです。
それに基づき最後に受容・共感し、それをクライアントに伝えるのが重要なのです。

(「認知療法・認知行動療法カウンセリング 初級ワークショップ」伊藤絵美 星和書店 2005)

従来、病院や接骨院で行われる医療コミュニケーションは主に医師や施術者が指導権を握り行われてきたと考えられます。
治療を与える側が与えられる側に対して一方的に話をしていくスタイルです。

認知行動療法ではクライアント(患者)もカウンセラー(施術者)も同じくらい話をします。
というかカウンセラーがそうなるように話を進めていきます。それがひとつの大切なスキルになります。

ですから難しい専門用語は使えません。使うとしてもしっかりとした説明が必要になります。
わからないままコミュニケーションを進めていくのは非常にストレスです。
わからないことはその場で聞く。これも従来の医療コミュニケーションに足りない要素です。

問題はクライアントの中にあります。突き詰めればそこにしか問題はないわけです。
地球上のどこを探しても他のところにはありません。

それを上手に引き出すのが腕のいいセラピスト、ということになるのでしょう。
もち私はそうなりたい…。

腰痛にストレスが関与 再発、慢性化の要因に 日常活動維持が大切

腰痛にストレスが関与 再発、慢性化の要因に 日常活動維持が大切

 

腰痛にストレスが関与 再発、慢性化の要因に 日常活動維持が大切  「医療新世紀」
2011年8月30日 提供:共同通信社
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大多数の人が経験する腰痛。再発や慢性化も多く、やっかいな症状だ。従来は背骨に問題があるとして、腰にできるだけ負担を掛けずに安静を保つことが大事だとされてきた。しかし最近は、痛みに対する不安や仕事上のストレスといった心理的な影響が注目され、ストレスを解消しながら、できるだけ日常活動を維持する方が良いとの考えに変わってきたという。

松平さんの勧めもあり、痛みの程度や一日の行動をノートに記録するようになった。すると、家族と口げんかをしたり、司法試験の受験について不安になったりすると、その当日か翌日に痛みが増すことに気付いた。「最初は懐疑的だったが、心の問題が腰に来ていることをだんだん受け入れるようになってきた」と男性は振り返る。

松平さんの診察は週に1度。毎回1~2時間に及び「人生相談のようになってきた」という。そのうち腰痛も和らいできた。長時間座っていることもできるようになり、最近は2年ぶりに車の運転も楽しんだ。「今では、なるべくストレスをためないようにすれば、ひどい腰痛にならないという自信がついた」と話す。

気付きを促すんですな。
気付きを…。

認知行動療法②

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認知行動療法②

 
いやはや、あっちゅーまに8月も半ば…。
OH盆ですね。猛烈に。先日から敬身会の資料作りにアップアップしているわけですが、でも色んな気づきもあります。

まず、今回のタイトルを「痛みと認知行動療法」という発表タイトルにしたわけです。
当初ここでいきなりつまづいてしまった感を感じていたわけですが、ただじゃ起きないというわけです。

認知行動療法(CBT)を実践したから痛みがなくなる、とか痛みが減るという観点から考えようとしていたわけです。否、INAXそうじゃないことに気づきました。

慢性痛にともなう「うつ」や「動作恐怖」や「思い込み」「条件づけ」等をCBTを使い緩和させる、ことができれば、その結果、痛みに対して柔軟な対応ができるようになる。
ということが大切なことなんだと。

で、それはいいんですが、じゃあ柔整師がそれをどういう風に臨床に応用することができるか…。
それを今、考えているのですが難しい。

念仏を唱えたくなります。

こういう時こそCBTのスキルを自分自身で試用するといいですね。
自助の援助のスキル。

役に立ちやすなぁ~CBT!!