「ヤケドはきれいに治って、動かない手が残った。これじゃダメなんだ」

ヤケドに伴う関節拘縮

 
はい、どうも。病み上がりの神保です。ほぼ完治しました。
「闇」の「病み」についてはまた後日書かせていただきます。

先週の土曜日、朱鷺メッセにて新潟薬科大学・薬剤師生涯教育講座「新しい創傷治療」講師・夏井睦(まことと読む)に参加してきました。

目からウロコの内容ばかりで書きたいことはたくさんあるのですが小出しにしていきましょう。ね。

ご想像下さい…

スリ傷や切り傷にマキロンをぶっかけた時の痛み…。

これやったことある人いるかなぁ…指先のささくれに液体ばんそうこうを塗ったときの痛み。あれはトブね。結構痛い。

まぁ、この程度ならほっといたってすぐに治っちゃうからいいんですけど、例えばヤケド。

http://www.wound-treatment.jp/title_tiryou.htm

手や足のヤケドで大変なのは安静・固定による関節の拘縮(関節が固まって動かなくなること)です。関節の拘縮にはリハビリが必要なのですが、これがある意味ヤケドそのものよりも厄介なわけです。

夏井先生が講演の中で「ヤケドはきれいに治って、動かない手が残った。これじゃダメなんだ」というようなことを仰っていました。正にその通り。
見た目は悪くたって、その機能を果たせないのであれば意味がない。

痛みが少なく自由度の高い治療法を用いれば早期のリハビリが可能になり関節の拘縮も未然に防げるわけです。

と、いちいち納得している毎日です。

広告

白色ワセリン、黄色ワセリン、プロペトの違いとは…

先日のワセリンの記事を読んだ友人から携帯メールにてこんな質問がありました。

「白色ワセリンと普通の透明なワセリンは違うのー?」

これはメールで返信していると「指がつるな…」と思い、その友人に電話して回答しようとダイヤルを回すと…電話に出やがらねぇ~。

でも、やさしいわたしが調べて、あ・げ・た。

ワセリン(英語 Vaseline®)は、石油を分留して得られる複数種のアルカンからなる軟膏基剤のこと。精製長鎖炭化水素のひとつ。

欧米ではVaseline®はユニリーバによって製造されたもののみを指すが、日本では「ホッチキス」や「リコピー」などと同様に一般名詞化している。

またワセリンは日本では商標として登録されていない。

そのため薬局方にも一般名称として記載され、複数の医薬品会社から「白色ワセリン」として販売されている。

英語での一般名称は「petroleum jelly」である。

日本では日本薬局方において白色ワセリンは「石油から得た炭化水素類の混合物を脱色して精製したもの」と定義されている。

鎮痛・消炎・鎮痒の軟膏剤のような医薬品の基剤や、化粧クリームのような化粧品などの基剤として用いられる。

また潤滑剤や皮膚の保湿保護剤としても用いられる。

鉱物油からの精製による純度の違いにより黄色ワセリンと白色ワセリンがあるが、医療用では白色ワセリンを用いることがほとんどである。

眼軟膏には特に純度の高い「プロペト®」(丸石製薬)を用いることが多い。

近年では湿潤療法のために、白色ワセリンのみを単独で使用することも増えている。

また抗原性がほとんどないために、ステロイド外用薬などを用いずに、アトピー性皮膚炎の治療に用いる例も増えている。

また花粉症対策として、鼻腔に塗布する製剤も発売されている。

(ウィキペディア ワセリンの項より)

友人の言っている「普通の透明なワセリン」というものが、どういったものかはわかりません。

が、白色ワセリンより純度が高いサンホワイトP-1、プロペトという商品があるようです。
特別肌がデリケートでない限り、一般的には白色ワセリンで十分のようです。

//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=yakiga4-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=B002RT8GSA&linkId=7d089510fae2cad3e2c63f79227b44c7

//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=yakiga4-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=B0026R75LM&linkId=1ea4c409129d4539b3b959f37bfabdbb

//rcm-fe.amazon-adsystem.com/e/cm?lt1=_blank&bc1=000000&IS2=1&bg1=FFFFFF&fc1=000000&lc1=0000FF&t=yakiga4-22&o=9&p=8&l=as4&m=amazon&f=ifr&ref=as_ss_li_til&asins=B008V6PPLO&linkId=1b057b9c0e92f033632504baa8bcb394

診断って…ともう一度考えてみました

2010. 10. 26 日経メディカルオンライン
特集●睡眠診療アップデート Vol.2
「眠れないなら睡眠薬」の前に
非専門医でもできる「睡眠衛生指導」

不眠を訴える患者のみならず、患者の睡眠状態の把握はプライマリケア医に必須といえる。だが、睡眠障害だからといって「ただちに睡眠薬を処方すべきではない」と睡眠の専門医は語る。処方前にまず行うべき対応をまとめた。

レントゲンにMRI、CTスキャン…診断機器3種の神器。
私はこれらを用いて診断することはできません。昔は接骨院でも非合法的にこっそりレントゲンが撮れるところがあったそうですが、今は昔…の話でございます。

徒手で行う診断に必要なものと言えば「経験」と「知識」でしょうか?
しかし私のような若輩柔整師ではこの2本柱のふたつとも足りないわけです。

レントゲンなどの診断機器も使えない、経験も知識も足りない、と嘆かない。
「ない」からこそ、できることがある。

それはなんだろう?

私の結論!それは丁寧な問診・視診・触診である。

私は医師に時間を多く割いてくれとは言わない。ただ、5分でよいから、私の状態について考えて欲しいだけだ。一度でよいから私のことだけを考え、短い時間でよいから気持ちを通わせ、病気を知るのに私の身体を診るのだけでなく心の中も探ってほしい。
症状はひとりひとり異なるのだから…血液検査や骨のスキャンを命じるように、私は医師に私をスキャンして欲しい。前立腺だけでなく、私の精神を探って欲しい。
そのように認めてもらえない限り、私は私の病気以外の何ものでもなくなる。

「治せる医師 治せない医師」 バーナードラウン著 小泉直子訳 築地書館

これはエッセイストのアナトール・ブロヤードさんが前立腺癌で亡くなる直前に、医師への訴えを切々とつづった文章です。


最近この本を読み返したのですが、良いです。臨床にたずさわる方に是非、読んでいただきたい。
タイトルこそ「医師」と銘打ってありますが、読みやすくわかりやすい、ありがとうございます。

医師は初診のときに患者の話を聞くべきだ。そうすれば思いやりのある医師だという信頼を築くことができる。患者の話に耳を傾けるには、細やかな感受性が必要だが、これこそ医師の最も強力な診療手段である。
実際、問診を丁寧に行う医師は、問診だけで症例の70パーセントに正しい診断を下している。
これは、現在行われている検査やテクノロジーのどれと比較してもはるかに高い数字だ。

以上、上記同書より引用

リンクした記事に>チェックリストで睡眠障害がありそうだと分かった。あるいは「最近眠れなくて…」と患者からの訴えがあった。この段階で睡眠薬の処方や精神科への紹介を考える非専門医が少なくないが、その前にまず、「あまりに早い時間に床に就いていたり、長時間の昼寝をしていないかを確認してほしい」と足立氏は強調する。と、あります。

初診時に医師が、ただ一言「昼寝はしていませんか?そのせいで夜眠れないのではありませんか?」と聞くだけで、最新の診断機器を使わずとも不眠の原因を診断できてしまうこともあるわけです。

私は診断機器を使えません。
最低でも『問診・触診・視診』、最高でも『問診・触診・視診』なわけです。

いい意味で開き直れば、それしかできないわけです。
ラウン氏曰く「問診だけで70パーセント正しい診断ができる」ということです。これは診断機器を使えない柔整師にとってはとても力強い言葉です。

「丁寧な問診」=「時間をかけた問診」ということでもないのでしょう。経験を積んでいく内に『診断の妙』たるものが育まれていくのでしょうから、それまではある程度の時間をかけてじっくりと問診・視診・触診を行う必要があるのではないかと考えています。

”ゼロリスク探求症候群”という現象

(『食のリスクを問いなおす』 池田正行 ちくま新書 2002)

この本の中に”ゼロリスク探求症候群”という言葉が出てきます。

従来認知心理学は、”現実にはあり得ないゼロリスクを求めてはならない”と教えている。この大原則は、火山・地震防災や環境リスクの分野では、常識となっている。

しかし、BSEパニックでは、この原則を無視した行動が横行した。その背景にある社会心理を、私はそのまま「ゼロリスク探求症候群」と名づけた。この症候群を一言で表現すれば、”ゼロリスクを求めるあまり、リスクバランス感覚を失い、自分の行動が重大な社会問題を起こすことも理解できなくなる病的心理”である。

少し専門的な表現をすると、この症候群の特徴は、自分自身に正義があるとの幻覚妄想症状と、自分が差別や風評被害の加害者であることを忘れる失認症状である。BSEパニックでは、牛肉消費低迷のような大規模被害にも、地域社会で陰惨な差別が起きた。

例えば、健康な牛を数頭飼っている福島県のある農家で、”子供に病気がうつるのに、なぜ早く牛を殺さないのか”と、近所から非難されている事例が、私の元に寄せられた。

(中略)

ゼロリスク探求症候群の特徴を表10に示す。

(以下、表10の内容を引用)

1、感染症防御・食品の安全を求める行動
2、リスクを過大に評価する
3、個人レベルでは影響が小さい
4、誤解やデマが背景にある
5、多数派化・集団化によって社会問題化
6、しかし自分への直接影響はない
7、行政・メディアを巻き込む:責任転嫁

(引用終了)

この症候群への対処がやっかいな理由も、表に示した特徴で説明できる。すなわち、誤解やデマは、正しい情報へのアクセスを確保することにより、ある程度対処できるが、社会的なパニックの時は、間違った情報の方が大量に出回り、正しい情報が埋もれて見えなくなってしまう。
また、パニックの時は、行政機関が非難の対象になっていることが多く、そこからの情報がしばしば信用されない。数少ない中立機関が情報発信すると、各方面からの問い合わせが殺到して、機能が麻痺してしまう恐れもある。

一方、個人の行動が社会問題を引き起こすということは、理屈でわかっていても、安全を求める行動が優先して、しばしば抑制が効かない。このため、行政やメディアといった組織を非難の対象にして、個人の責任を問わないという逃げ道が作られる。
例えば、ハンセン病患者の隔離はすべて旧厚生省が悪い。BSEの発生はすべて農水省が悪い。BSEの風評被害はすべてメディアが悪い。といった具合である。こういった論理の背景には、自分自身の責任を認めたくない、自分はあくまで無垢な一般市民であると考えたい心理が働いている。そのためには、役所のような、決して反撃してこない公組織は絶好の攻撃対象となる。

では、なぜBSEでここまでゼロリスク探求症候群がひどくなったのだろうか?それは、ゼロリスク症候群を悪化させ、社会的被害を大きくする要素を考えてみるとよくわかる。その要素は次の通りである。

①リスクが感染症・中毒の時:生命や健康を直接脅かすので、恐怖心が起こりやすい。

②空気・水・食品・あるいは人間との接触が媒介:身近で不可欠なものが媒介するので、不安が増大する。

③性質の悪い病気:治療法がない、死に至る病。

④障害臓器:皮膚のように目に見える場所や、肝臓のような内臓器の病気と異なって、脳は最悪。なぜなら、脳の病気では人間らしい思考、感情や意識が障害され、生命ばかりでなく、人間としての尊厳までも失われる悲惨な末路を思わせるから。

⑤病原体のコントロールが困難:加熱、冷凍などの一般的手段で除去できない。

⑥リスク回避の代替手段が容易に入手できる:以上のような恐ろしいリスクから逃れる道が開けていれば、人々はそこへ殺到する。その行動が社会的被害を大きくする。例:牛肉をやめて豚肉、鶏肉を食べる。

ハンセン病患者隔離、埼玉県産野菜のダイオキシン汚染不評被害といった従来の典型的なゼロリスク探求症候群でさえも右の(上の)条件を満たしてはいないのに、BSEはこれらの条件をすべて満たしている。
そういう意味でも、BSEパニックは、まさにゼロリスク探求症候群の典型例と言えよう。

ちと、長いですが読んでみて下さい。

ゼロリスクとはリスクゼロということです。
薬剤には作用(利益=ベネフィット)と副作用(危険性=リスク)があります。リスクよりベネフィットが上回れば薬として役立つわけですが、リスクが上回ってしまえばただの毒になってしまいます。

薬剤に限ったことではありません。食品、医療行為etcなどは常にそのベネフィットとリスクのバランスが問題となります。
その感覚が一時的、あるいは慢性的に麻痺してしまうことを「ゼロリスク探求症候群」というのでしょう。

この間、無いことを証明することは非常に困難である。もっといえば不可能である。と書きました。
このことを頭の隅に入れておくことがリスクとの正しい付き合い方だと考えられます。

今で言えば原発にしろワクチンにしろベネフィットとリスクは正反対ということでなく常に紙一重、背中合わせの事象であると、そしてそれを見極めるのは誰でもない自分自身だと認識すること。

”覚悟”が必要です。

菌をキンキンに冷やして飲む理由(笑)。

人体に生息する微生物の多様性を解明
2012/06/25(月) No.M025890
CareNet.com

ヒトの体内や体表に生息する微生物(microorganism)について、研究者らが初めて「正常」な状態を同定した。英科学誌「Nature(ネイチャー)」6月14日号およびオンライン科学誌「PLoS」などに掲載された14件の研究によると、ヒトの「マイクロビオーム(microbiome: 微生物叢)」は1万を超える微生物種、800万の微生物遺伝子から成り、そのほとんどはヒトと共存して相互利益を得ているという。

世間では抗菌だの殺菌なんて言葉が出回っていますが、そいつ殺したもうことなかれ。
大事なあなたの一部なのであります!

研究グループは、口腔、皮膚、鼻腔、膣および腸管下部など、男性15カ所、女性18カ所の部位から検体を採取。身体内の微生物は1万種を超え、ヒト細胞1個当たり10個の微生物の細胞が存在することが判明した。体重200ポンド(約90kg)の成人では、2~6ポンド(約0.9~2.7kg)を細菌が占めることになる。

米感染症ゲノム配列決定センター(GSCID)のBruce Birren氏は「このような微生物の800万もの遺伝子は、ヒトの発達と健康において重要な役割を担っている」と述べている。身体のある部分に生息する細菌は、他の部位とは大きく異なっており、皮膚上では特に多様性であるという。また、個人間でも大きな差がみられ、各個人が固有の特徴を有することが示される。

皮膚に存在する菌は特に大切にせにゃなりません。

あなたとという存在はこういった微生物の固まりといっても過言ではありません。
敬意を払いましょう。感謝しましょう。