こと医療についても同じことが言える。

http://paincouch.exblog.jp/14553344/

こと医療についても同じことが言える。

 
原発問題、去年は熱かったですね。
もちろん今でも原発の炉は物理的に熱いわけです。そのことを忘れてはいけませんね。

(以下、2011/4/5の記事)

価値交換としての原発(なぜ医者の僕が原発の話をするか)
http://www.carenet.com/news/det.php?nws_c=20617
CareNet.com

そんなわけで、原発もあくまでも価値の交換作業である。原発反対派の価値観は共有される人とされない人がいる。原発推進派も同様だ。そのバランスが原発の今後を決めると僕は思う。原発反対派も推進派も、究極的には自分たちの価値観を基準にしてものごとを主張しているのだと認識すべきだ。そして、自分の価値観を押し付けるのではなく、他者の価値観に耳を傾けるべきである。なぜならば、原発の未来は日本の価値観の総意が決めるのであり、総意は「聴く」こと以外からは得られないからである。

こと医療にも同じことが言えるなぁ~と。
「ナントカ派」とか「カントカ派」とか。

それに右往左往させられる患者さん。
いい意味でも悪い意味でも。

そして…

医療において、「人が死なない」ことを目標にしても人の死は100%訪れるのだから意味がない。医療の意味は、人が望まない死亡や苦痛を被らないようにサービスを提供する「価値交換」であるとぼくは「感染症は実在しない」という本に書いた。このコンセプトは今回の問題の理解にもっとも合致していると思う。

ふ、深いなぁ…。心にグサッ!と刺さりました。
一人一人がこういう認識を持てば医療は良い方向に進んでいくんだろうな。

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