正しい姿勢、正しくない姿勢ってなに??

スーパー在野人

 

反証的、鍼灸・手技・心理臨床
sansetu.exblog.jp
スーパー在野主義のすゝめ 2

たとえばスーパー在野主義には正しい姿勢などありません。
それは自分にとっての正しい姿勢とは常に変化するからです。
単に楽であればいいということでもありません。
姿勢が先にあるのではなく、まず目的が先にあります。
その目的に応じた姿勢を自分の体の現時点の構造と能力とで相談しながらつど作ります(試します)。

(中略)

あるいは正しい身体姿勢は「コレ」というような絶対的なものがもしも決まっていたとすれば、筋・骨格系はもとより内臓までもが既に不可逆的変性・変形者となっている場合の多い老人や、先天的変形者や、事故や病気による変形者は、生きている間中「正しくない」ということになってしまいます。

これに続いて「カムイ伝」についての深イイお話になりますので、いちいち頷きながらリンク記事を読んでみて下さい(押忍)。

わたしも数年前までは「正しい姿勢」なるものがあると信じていました。し、そういう態度で患者さんに接してきました(例えば「姿勢が悪いから腰痛になるんですよ」とアドバイスするetc」)。

しかし、この考え方では「納得」できないばかりになってしまいます。

例えば先天的に腰椎が多い人、これ結構多いそうです。わたしも今まで診た患者さんの中に2~3人いらっしゃいました。
5個で正しい腰椎が1つ多い、ということは「正しくない」状態であり、ひいては「正しい姿勢」をつくることはできない。

片方の棘下筋がほとんど萎縮してしまっている人。片方の殿筋だけ異常に緊張している人。背部の筋肉が岩のように凝り固まっている人。前腕骨に先天的に変形している人。などなど「正しくない」状態をもつ人は挙げたらキリがありません。

かく言う、わたしも「過剰歯」といって普通なら32本しかない歯が33本あります。ここでいうところの「正しくない」状態です。

でも、みんな生きています。

「正しい姿勢」があるとすれば、わたしを含めそういう人達は「正しくない」グループに入ってしまうわけです。
そして「正しくない」を「正しく」したいと考える。もしくはあきらめる…。

そんなのは馬鹿馬鹿しいことだとわたしは思いました。
そんなのは医学(とか)が勝手に作った「正しさ」だと気づきました。

あきらめたくないと思いました。
よく考えてみれば、それだけのことだと。

あと何年この仕事ができるかわかりませんが、この「正しくない」人たちに「あきらめて下さい」と言い続けなければならない人生なんて糞食らえだ!と思いました。

「納得」できないから「納得」したい…。

少々、熱くなりましたが最後にこの言葉で締めくくります。

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」by安西先生

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